「自由に選べる」は楽しい

 

こんにちは。 

無意識探検家・人間研究家・ヒプノセラピストのまゆんです。


 

  京都では2〜3日雪が

  降り続いていました。

 

  晴れている時は、辺りは

  雪明りで、明るく美しく、

  暖かい部屋から眺めると

  格別でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『冬は内面に入るのに良い季節』とどこかで聞きましたが、そのようです。

夢は活性化して、内面に意識が向きます。

 

最近、興味深い体験をしました。

 

誘われてある人の個展に行った時のことです。

作者は八面六臂の活躍をされている方で、

前から「すごい人だな〜」と、頭が下がる思いを持っていました。

その方が忙しい合間に創られるって、「一体どんな作品?」

と興味を持って出かけたのでした。

 

予想外のシンプルさに、戸惑いました。

 

見た目、物に字が書かれただけの作品で、勝手に絵画や彫刻など、

もう少し手を加えられたものを想像していたわたしは、

最初、どう受け止めていいのか分かりませんでした。

 

見た目はシンプルだけど、その方の生き方が凝縮されている、

魂が込められているのだと思いますが、

アートについて良く分からないので、

 

  「これは、『作品』と言えるものなのか?

   こんな風でも(作品として出して)いいんだ・・・」

 

と、失礼かもしれませんがそう思い、次に

 

  「でも、その人から産みだされたのなら、

   その人の表現であり『作品』であることに違いない。

 

   ・・・ひょっとして、今までわたしは

   自分の作品を産み出そうとする時のハードルが高すぎたのかも。

   無意識の内に『こうあらねば』という基準や枠を持っていて、

   それに囚われ過ぎていたのでは?」

 

などとアレコレ思いました。

 

 

そして、以前雑誌で読んだ、日木流奈君の言葉を思い出しました。

 

  「『過去生がある』という考え方は、お得なんです。」

 

お得な考え方・・・

 

もし、わたしが

  「その人から産みだされたのなら、どんなものでも

   その人の表現であり『作品』なのだ。」

とすると、

自分自身にも、今後「どんな作品を出してもOK」とできます。 

今までのわたしの、ひょっとしたら厳しすぎたり間違っていたかもしれない

基準を下げていろいろ表現できそうです。

 

そう思うと、楽しい気分になってきました。

自由でひろがってゆく心地良さを感じられました。

 

相手を評価・批判する必要もなく、

その尺度を自分に課する必要もない。

お得な考え方です。

 

前のわたしは、そうではありませんでした。

自分の想像や(勝手な)基準と違っていれば、多少がっかりし、

その人に対する気持ちや見方が変わって、

自然と距離を取ってしまったこともあります。

 

逆を体験したこともあります。

わたしのどこかにがっかりしたらしい人たちは、

それまでの好意的な態度が消え、よそよそしくなり離れて行きました。

 

どちらも心地良くなかったです。

その(無意識の)やり方は、お得じゃ無かったようです。


 

今回は、同じ無意識な反応が出かけたものの、

別の考え方を浮かばせることが出来ました。

 

まだ、どちらかに決めていない今の状態は、宙ぶらりんな感じではなく、

 

  「どっちを選んでもいいんだ♪」

  「どちらも選ぶことが出来る♪」

 

と、気持ち良いし喜びが感じられます。

 

これが、『ニュートラルの境地』かもしれません。

ネガティヴでもなくポジティヴでもなく。

 

ポジティヴはポジティヴで楽しいだろうけれど、

「どっちを選ぶことも出来る」は、

ポジティヴよりも広がりがあって、心地良い気がします。

意外です。

『ニュートラル』は、何もないのではなく、

すべての可能性を含んでいる感じがします。

 

このような思いや感覚を得られたのも、あの作品のお陰です。

もしコレが作者さんが意図するところだったら、

やっぱり彼はスゴイなぁ〜と思います。

 

JUGEMテーマ:人生論

 

| 人って不思議 | 23:30 | comments(4) | - | pookmark |
心の庭には何を植える?

こんにちは。 まゆんです。

今日は、ドリームヒプノ(ヒプノセラピーで夢をひも解く)のセッションの様子を
含んでいて、少し長めになっています。
みんなの参考になったらなぁ〜と思ってUPしました。
   
  
  
お茶でも飲みながら、
  ゆっくりご覧くださいプレゼント

 (頂き物の「なかさんの 
  チーズケーキ」
  幸せな美味しさですonnpu





先日、まだ間に合うかな〜と思って、庭に球根を植えました。

アイリスにチューリップ花です。

土を掘り返すと、石がごろごろ出てきて、
「邪魔だな〜」と思って、隅に追いやっていましたが、
ふと手に取って植えた所との境に並べると、ちょっとだけ庭らしくなりました。

『邪魔物だと思っていたものが、実は役に立ってくれるものだった。』
使いようなんだなぁ〜と思いました。

セラピーでも、癒しのプロセスが進んでいくと
『トラウマ』と言われるものも、そうだったことが分かっていきます。

猫ちゃんの額サイズですが、庭仕事をしていると、
そんなことに気づいたりします。


<2週間前 まだミントやハーブを少しで、雑草と区別がつかない庭>

 

<現在 猫ちゃんのトイレ化防止の為、芽が出てくるまで抜いた雑草を
    上に置いてたり、ホトケノザが咲くの見たいし、ドクダミも欲
    しくて、抜かずにいますが、ちょっと進化しました。>

  
 













球根を植え終わって、立ちあがると、
先日のヒプノ・セッションのことを思い出しました。

こんな内容でした。

前後もありましたが、夢の設定の『前の家』に行って、玄関を入ると
3台の自転車がある。
そんな夢を見ました。

目覚めてから夢全体を振り返ると、
最近あったいくつかのことが浮かび、書きだすと、
自分がちょっとしたことで、すぐに不安を持つ事が改めてわかりました。

その夢をさらに紐解くために、「夢の中に戻る」ヒプノを受けたのでした。


自転車・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

夢では3台の自転車だったのに、場面に戻ると、
今は私に近い側の一つが、馬のように見えます。

馬のお尻のほうがから、眺めている感じです。

馬は自転車と違って生き物なので、私は触ってみたくなり、
茶色の馬のお尻のあたりに手を置こうとしました。
でも、その時 「馬の後ろに立ったら危ない」 という言葉を思い出し、
心配が出てきました。


そんな私を、今の私が客観的に観て、「また心配している。」 と思いました。

心配を感じた瞬間、「触ってみたい。」という思いが、
胸のあたりが硬くなって、萎んでいきました。


これが 「いつも私が(日常で)やっていること」 なんだと、よくわかりました。
何かやりたいことがあるけど、
そのすぐ後に、今みたいな心配の種が出てきて、気持ちが縮こまる。


ヒプノ中は、リラックスして意識が拡大しているので、
自分がしていること、心の動きや体の変化がわかりやすくなります。


夢が色彩的にも雰囲気的にもパッとしないのは、
私の心象風景だったからだとわかりました。

いつものガイドさん=ライフ・アドバイザーさんが、にこやかに出てきて、
いろいろ教えてくれました。 (以下、L)


L) いつもあなたは大きな心配まではいかないけど、
   いくつも心配の種を出します。


自分の左手のひらの中に、心配の種を持っているイメージが浮かびました。
私は、手のひらの心配の種だけに目を向けています。

そうしていると、手のひらの種が発芽していきます。
(心の声:やめて〜〜)

・・・もやしの芽のような、小さい双葉みたいなのが出てきました。

「嫌だ」と思ったので、手を振り払って心配の種を落としました。
ちょっと安心しているけど、種は確実に地面に落ちているので、
無くなっていません。

でも、とりあえず手から無くなったので、
私は「もう無い」という振りをしています。


Lさんが、落ちた発芽した種を全部手に集めて、

「見ない振りをしても無くなったわけじゃないから、
 自分で何らかの処理をしなさい。」

という意味で私に渡そうとしています。

仕方なく、それを両手で受け取りました。
でも、大きくしたくないし、放っておいて見ない振りをしても、
生命力が強くて、
知らない間に伸びるのも困ります。


すると、新しい家の庭(現実にある、今の庭) が見えます。
水仙の球根を植えようと思っていた所です。


私はそこに、「笑顔に・嬉しい気持ちになれるもの」 を植えたい。
そんな思いが出てきました。

庭が浮かんだのは

「心配の種を持っているけど、そこに(新しい場所に、これからの人生に)
その種を育てたいのか、そうしたくないのか、気持ちをはっきりさせなさい」

と教えてくれているみたいです。

心配の種は育てたくない。
どうしたいかはわかったけど、
幸せを望んでいるし処分したいけど、処分の仕方が分からない。


すると、Lさんが空を指差しました。
指

空には、小さな雲の上に仙人のおじいさんが立っています。
この福禄寿風の仙人さんも、いつも私を助けてくれている存在です。


おじいさんの方が降りてきてくれました。
いつもより若いバージョンで、昔あこがれていた009風に、
長い髪が風になびいています。(笑)


仙) 幸せの種を植えたいのじゃな。

ま) 笑顔で嬉しくなるようなものを植えたくて、これは植えたくないです。

おじいさんが差し出してくれた両手の中に、
その種を渡そうとしていますが、
さっさと渡したらいいのに私は渡しません。

今までそうやって持っていたから、無くしてしまうには名残惜しいという
変な気持ちを
持っています。 
(心の声: 要らんわ〜〜)


何とか、右手で払いのけるようにおじいさんに渡したら、
おじいさんの手が大きくなっていって光輝いて、
光
種がシュワ〜と消えていきます。

私はほっとしたようですが、また心配の種を作ろうかと思っています。
胸の中に、また作られ始めています。
Lさんが、さっきと同じような黒い種を、笑って見ています。

なんで作っちゃうんだ、私?
今度は、胸の中の種をむしり取るように取っておじいさんに渡します。
ちょっと痛みを感じます。
・・・種は今度は縮んで消えました。

おじいさんは、
「また生まれたら光の手に種を入れるといい」
と言ってくれました。
(おじいさんの愛情を感じて) 私は
泣きそうな気分です。

また自分が勝手に作ったら、とりあえず入れたらいいのがわかって、
ほっとしています。

わざわざ作り出すのを止めたいけど、
癖・習慣・寂しい気持ちで作っちゃうみたいです。


「また自分で作っちゃった!」 と思ったら、
早めに光の手に預けるのをエクセサイズにしたら、

だんだん作り出す回数が減って、喜びや幸せや笑顔のものにもっと目が行って、
楽しい気分で、咲かせたい種を植えて育てる方向に行きそうです。


夢を改めて振り返ると・・・
夢の中で、私は友達の怪我を心配し、
息子がこれから1人で
生活していくのも気にし、
他の家族のこともちょっと心配していました。

私は心配の種をいっぱい持っていて、大事にそれを見ていました。

それをしていたら、「わたしの望む、喜び・笑顔にすっきりなっていく」 
ことができないので、
この夢を見せてくれたのでした。



L) 未来の計画をしましょう!

と、ニコニコしながら言ってくれました。

   「新しい家で何をやりたいか?」
   今それについて思い描くのもいいし、

   新しい家に入ったら、場所、土地、部屋のエネルギーが
   あなたの中に新しい楽しい計画を湧きおこしてくれる。
   そういうものを大事にしたらいい。


自転車3台の意味は、
「息子がいて、彼の父親がいて、私」という、
まだ家族という思いが自分の中で強くて、
古いバランスの上に生きてきたけど、
それは置いていくべきもので、
1台が馬に変わったのは、

生きている馬に乗るような、イキイキとして、温かさを感じて
自由に駆け巡っていくような、有機的な?新しいバランスをとっていく、

新しい自分の世界を生きていく 
ということでした。

馬 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こんなセッションでした。


庭には、自分が花咲かせたいと思うものを植えるのに、心の中は・・・

育ってほしくない心配や不安や怖れの種をわざわざ植えこんで、
それにエネルギーを注いで、育てていって。
しかも育っていくことを恐れながら・・・

いったい何をしているんでしょうね
?

気づいたら抜いて、光の手に渡して
育ってくれるのを楽しみに心待ちにできそうな
希望や喜び、幸せの種や球根を撒くようにしよう
光
改めてそう思いました。

練習あるのみです。
ぐー

読んでくださって、ありがとうございました。
あなたの心の希望の種や夢が育っていきますようににじ
 
JUGEMテーマ:花のある暮らし
| 人って不思議 | 16:58 | comments(0) | - | pookmark |
水星逆行中の自己分析  〜その2〜

こんにちは。
急に寒くなってきましたネ。



  今朝は、布団の中にもう少しいたい・・・と思いました。
  くず湯が急に飲みたくなって、飲んじゃいました。

  温かい飲み物
コーヒーを入れて、ゆっくり
  先日の続きを読んでいただけたらHAPPYです
onnpu



(続き)

「どうしたら、そうならなくて済んだんだろうなぁ?」
『そう』、というのは、
『プチ苛立ちが生まれて、そうしているとまたプチ苛立ってしまったこと。
 別の選択肢に気付けなかったこと』 です。


振り返るために、書き出してみました。

わたしは何かあった時、時たま書き出したり、絵を描いたりします。
そうすると、書(描)いているうちに、内面が整理されたり、
自分のより深い気持ちや、別の何かに気付けたりします。


書き出したこと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

冷静に考えられなかったのは、
「勝手に(わたしの都合を聞かないで)決められるのは嫌だな。」
という気分になったからだと思う。
感情が生まれて、ニュートラルでなくなった。


それに、義母が 「自分が行く」 と言っていたのだから、
何も止めなくてもよかったのに・・・

 
止めたのは、少し心配したのと、
夜に行くより今の方がまだ「嫌度」がましかな?と思ったのと。

他にも、行きたいわけでもないのに引き受けた、その心の奥には
きっと 「いい人と思われたい」みたいなとこも、あるんだろうな〜と思う。

 
だとしたら、今後は、どうしたらこのような状態を避け、気持ちよく過ごせるか?

☆ 「3時前だったら、銀行に行くついでに寄れるけど?」と、
   自分のことをきちんと伝える

☆ すぐに自分でなんとかしようとしないで、思い(心配)を表現(伝え)する 
  
「行くなら気をつけてね。 慌てて転ぶと危ないから」 とか。
☆ 相手が「こうしてほしそう」に見えたり感じたりしても、
   そこを基準に行動するのを止める

☆ まずは自分の 「今は行きたくない」 気持ちを大事にしよう・・・

わかったこと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


書き出して、あちゃ〜と思いました。
前よりマシになったけど、未だに同じことしているな〜と。

自分や自分の気持ちを大切にする・・・が足りないんだな、わたし。


さらに、「一ば〜ん最初に、わたしができなかったことはここだな。」 と浮かびました。
電話を聞いていて 「嫌だな」 と思った時です。

義母が慌てて電話を切りかけた時に、
「すぐには行けないことを伝えなきゃ。 電話を代わってもらおう!」
ととっさに思ったのに、行動に移さなかった。

間に合わなかったのものあるけれど、その後も「電話し直そう」と一瞬思いました。

なのに、次に思ったのが 「電話をかけ直すのも面倒くさいな」 と
「さっき電話したのに、またすぐ電話に出てもらうのは、忙しいだろうから申し訳ない。」
でした。

 
考えてみたら、相手が間違ったのだし、申し訳なく思うことは必要ないのに。
病院が閉まっていた時にも、「時間外で申し訳ない」と、同じように感じました。
 
必要以上に、「申し訳ない」思いすぎ?
この変?な気遣いが、わたしの「手放す必要のあるブロック」 なのでしょう。


最初に思ったことをする。 それができなかったら次に思ったことをやる。』
そうしたら、違った展開になって、
プチ苛立ちを感じることもなかっただろうと思うのです。
人のことを気遣いすぎる癖を止める (心配や、相手のことを考える・察する)』
相手は実際には、そう思っていないかもしれない可能性だってあります。
勝手に心配して、勝手に引き受けて、勝手に不満に思う。
そんなことをしています。

 
書き出すと、この一連の出来事から、たくさんの収穫があり、
苛立ちは嬉しさに変わり、もとのニュートラルなわたしに戻れました。
良かった
にじ 

こうして、自分が落ち着いていって、前より広がった笑顔の自分に戻れるので、
「書き出す」は、おすすめ作業 
手 です。

ガイドさんいわく 「自分を愛する(大事にする)」は、
みんなに共通する人生のテーマだそう。

もし、一人ひとりが自分を大事にしていったら、
他の誰かを気遣いすぎたり、他の人に気遣いを求めすぎたりということも
しなくなるかもしれません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

UPする前に、石井ゆかりさん著書の『星読み+(プラス)』 
『水星逆行』の欄を読んで見ました。
その期間は 『書き出し、振り返る作業がいい(大意)』 とありました。
(他にも参考になるいいこと書いてあって、お勧めです)

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
感謝
今日もいい1日を光

 JUGEMテーマ:日常。
 
 
| 人って不思議 | 14:14 | comments(2) | - | pookmark |
水星逆行中の自己分析  〜その1〜

こんにちは。

  今日は、わたしと同じような思考・行動パターンを持った方
   や、その周りの人たちに、役立つかもしれない・・・
   今日の出来事と自己分析をUPします。









年に2〜3回はあるらしい「水星の逆行」期間。
占星術家さんたちや友人からの聞きかじりで、頭に残っているのが、
『この期間はコミュニケーションのトラブルが起こりやすいので、
いつもより丁寧なコミュニケーションが必要』
 という言葉でした。

 
それを思い出したのは、後からでした。
そして、「これがそうかな?」 と思うようなことがありました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
 
今日は、お昼過ぎに、不足分の薬を受け取りに行くことになりました。
 
朝に義母が義父の薬を病院でもらってきたけれど、数が足りなかったのです。
袋の表書きに20錠と書かれていたが、中身は17錠でした。
 
「何日か経ってから、足りなかったって言うより、
すぐに電話して、伝えておいた方がいいんちゃう?(いいんじゃない?)」
と、わたしと義父が言い、義母が電話することになりました。
 
わたしは病院の向かいの銀行に、3時前に行く予定をしていたので
「銀行に行くから、貰ってこようか?」と申し出ました。

でも、その言葉で義母は電話するのが面倒になったのか、連絡を止めようとしたので、
「でも、いきなりわたしが『足りなかった』と貰いに行くより、
前もって電話はしておいた方がいいよ。」と言うと、
義父も「そうだ。」と言います。

足が悪いから、義母が薬を貰いに行ったけど、そもそも、自分の薬のことなんですけどね。
 
義母は目の前で電話をして、病院に足りなかったことと、取りに行く旨を伝えました。
向こうも「今から自転車で届けに行く」と言ってくれたようですが、
そこまでさせるのも申し訳ない・・・と思ったようで
「取りに行きますから」と断っていました。

でも、なんだかその口ぶりが「すぐに取りに行かせる」ような感じなのが、
一瞬ん?と、気になりました。

 
電話を置くと、やはり、すぐに行ってくれるものだと勘違されたのが、様子でわかりました。
せかされているようなので、わたしが「銀行には3時前に行く予定なんだけど」と言うと、

「今すぐ(その時1時半)行かないと、午前の診療が終わって、午後は6時からになってしまう。」 と焦って、「私が行く」と言います。
 
それを止めて、結局わたしが行くことにしました。
わたしが歩いて徒歩6分くらいの距離で、そんなに遠くはありませんが、
義母があわてて行って転んだりすることを、ちょっと心配したからです。

それに、なんとな〜く行ってもらいたがっているようにも思えたから。
電話連絡するのも面倒くさそうだったし、午前中にも行っているわけだし・・・
 
それに、夜になってから、わたしが取に行くことになるのも嫌でした。
 
予定があるから、『3時前』に行きたかったんだけどな・・・
と、ちょっと不満に思いながら家を出ました。

 
病院に行ったら門は既に閉まっていて、午前は12時までと書かれています。
「とっくに過ぎてるじゃん。」 
お昼休みなのに出てきてもらう申し訳なさに、ちょっとプチ苛立ち。
そして、銀行の用事も予定より早く行ったせいか、手間がかかる結果になりました。
 
帰り道に、やっと気づきました。
「考えてみたら電話をしておいたのだから、
何も今日すぐに取りに行かなくても良かったのでは?  
薬は17日分あるのだから、いつ取に行っても良かったな。」


わたしも義母も、なんとなく 『すぐに取りに行かないといけない』
と、勝手に思い込んでいたのです。

 
なんで、最初に気付かなかったのだろう?

人は慌てると、(冷静になれないので)、ちゃんとした判断ができなくなるんだなぁ、
と思いました。
                                  続く・・・・

 
JUGEMテーマ:日常。
| 人って不思議 | 22:01 | comments(0) | - | pookmark |
なぜ、自分の心の傷を癒す必要があるのか?
JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング
 
こんにちは。
今日は満月ですね。
しかもスーパームーンだそうです。
月

「月と地球の距離が近づき、普段より大きく明るく見える満月」がスーパームーン。
もう、朝の3時に終わっちゃったようですが・・・


「満月は要らなくなったものを手放す、浄化に最適の時」と言われています。
占星術の知識がありませんが、「それでか〜」と頷けることがありました。

昨日の朝は、いつもは聞くことがなかなかできなかった家族の話に、耳を傾けることができました。

耳を傾けることによって、
「この人の今までの不可解な言動は、そこから来ていたのか〜〜〜」
言葉の端々に腑に落ちることがあって、謎が一つずつ解けていきました。

まるで、いつもより特大の月の明かりで、それまで見えなかったものが照らされ明らかにされていった・・・  そんな感じでした。

家族が、過去から持ち越している感情とそれに付随した思い(考え方。観念)。

良いことにしろ悪いことにしろ、それを持ち続けているとどうなるのか?
今までの何十年かを振り返って、自分も一緒にいてどのように影響を受けてきたのかを知り、改めて「心の傷を癒すことの必要性」を深く実感しました。
しっかりと教わったような気がします。 

家族のことですので詳しくはお伝えできませんが、感じたことを書いてみます。
でも、別に目新しいことではなく、今までもコミックや講演会やブログでお伝えしてきたこととほぼ同じです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

体の傷を想像してください。

ある時、出来事があって、深い傷を負ったとします。
放置しておくと、軽いものは自己治癒力で治りますが、深い傷は化膿し悪化します。

その後、その場所に少し刺激を受けることが起これば、痛みを感じます。
傷があるわけですから。
傷は刺激を感じる範囲が広がっているかもしれないし、痛みが増しているかもしれません。

目の前の相手がこの痛みを与えたと思いこんで、刺激を与えた相手に、とても怒りを感じたりもするでしょう。

でも、もともと傷はあったのです。
それほどの痛みを感じるのは、手当てする必要があるのに、そのままにしてきたからなのです。

相手は、そんなところに傷口があるとは知りません。
実は相手は、あなたを傷つけようとしているのではなく(たまにそんな場合もありますが、大抵)
「ここ(過剰に反応する部分)に傷がありますよ。」と教えてくれているのです。
とてもそう思えないとしても。

傷口は放置しておかずに、できる時に入り込んでしまった異物(自分を苦しめる感情や思い込み)を、しっかり洗い流す必要があります。
傷に気付いて優しく手当てをしてあげたら、メキメキ回復していくのです。


「なぜ、人は自分の心の傷をいやす必要があるのか?」

自分が幸せを望むなら、大切な人の幸せを願うなら・・・
できるときに自分の心の傷を癒すことが必要です。


今、体を例えに書いてみましたが、心の領域はもっと複雑なのです。

自分の傷や痛み(過去の感情や思い)をそのままにしておくことで、傷は根深い複雑なものになっていきがちですが、
自分自身の傷の悪化にとどまらず、周りの人に影響を与えることになります。
特に子供に対して。

人はひとりで生きているわけではありませんから、傷を大切な家族に感染させたり、周りに広げていくことも、知らないうちにしているのです。

人には過去の傷から「なってほしくない現実」を自分自身や家族に作りあげるまでの力があります。 それぐらいパワフルです。
誰かに加害者の役割をさせたり、大切な人たちを被害者に作り上げたりもします

一生懸命誰かを気遣い、救おうとしている時。
実は知らないうちに「過去の自分自身」を守ろうとしたり助けようと、
する必要のない格闘をしていることも多いのです。

望まない現実を作りあげ、その現実を変えようと努力奮闘する。
ちょっと、くるくる回る車の中を走り続けるハムスターを想像してしまいます。


自分も周りの人も、これ以上3次元的なドラマを繰り返すことなく、ハッピーで笑顔の未来を創造していくには・・・
今からでも遅くはない。
できる時に、自分の傷の手当てをすることが大切です。

人は過去の手当てしてない傷から、無意識に「望まない現実を作り上げる」力もありますが、「本当に望む現実を創り出す」力ももっているのです。

午前中は、友人が自分の傷の手当てをするのを、しっかりサポートすることができました。
今夜は、わたしが自分の傷の手当てをするのを手伝ってもらう予定です。
スーパームーンの力を借りて。

気づいたときが手当て時。
スーパームーンは9月もあるようですよ。

みなさんの傷も癒されますように・・・
赤十字
読んでくださって、ありがとうございました。はーと
 
| 人って不思議 | 17:05 | comments(0) | - | pookmark |
愛すべきラスボス
こんにちは。
今日は空気もさわやかで、気持ちがいい日です。

生まれ育った京都に戻ってきて、来月で丸2年。
二十数年離れていたこの地にも、少し馴染んで落ち着いてきました。

そして・・・ついにラスボスと向き合うことになりました。

20年以上前のファミコン以来、ゲームをしていないわたしのラスボスとは・・・

母親です。

わたしの今のテーマは「母親を愛すること」だと、最近ヒプノで出てきました。

今まで母との関係をもっといいものにしたいなぁと、気になりつつ年月が過ぎていました。
弟たちとも、もっといい感じでコミュニケーションがとれるようになりたいなと。

でも、
離れてもいたし(距離を置いていたともいえる)、自分のことで精一杯だったし、お互いにそれぞれすることがあって忙しかったり、余裕がなかったり。
ヒプノで聞いても、「それは置いておいて、自分が幸せになることをやりなさい」と言われていました。

機が熟していなかったのでしょうね。

人にはそれぞれ成長のプロセスがあり、わたしの場合は先に自分のアイデンテティー(主体性・独自性)をしっかりさせることが大事だったようです。

わたしは、子どもが生まれて自分自身が生まれたと思います。
子育てしながら自分を育てることが必要でした。
赤ちゃん

自分自身や人間に関しての本質を知り、ヒプノというアイテムをゲットし、自分自身や人間関係・この世界への理解を深め、人をサポートしつつ成長・自立するプロセスを歩んできました。

そして、学んだことを日常で活かす練習をしてきました。
上手く出来なかったことや、それまでできなかったことが少しずつできるようになってきました。
違うやり方を選択する練習とか、勇気を出す、自分に正直になる・・・などいろんな経験値を積み、ようやくラスボスのステージ=京都へと来れたのだと思います。


若いみなさんには、パートナーと出会い新しい家族を迎える前に、それまでの家族との関係を改善することをお勧めします。

さてさて、これからどうなることやら。

今は、わたしが唯一使う武器は「愛
はーと」だと知っています。
相手に対しても、忘れがちだけど自分に対しても。
でも、これがなかなか難しい。

相手から攻撃(と思えるようなもの)が来たら、つい他の武器(相手から身を守ろうとしての批判や否定、感情をぶつけるなど)をとって使ってしまったりするので、気をつけないといけません。
これまで学んできたことを土台に、練習してきたことを手強い相手にも実践していって、愛の勇者となるのです。
腕はーと

先日は予想外の先制攻撃(と思えるもの)を受け、うっかり防御・攻撃武器を使ってしまいました。(反省
それはそれで、今まで言えなかったことを言え、相手に自分の気持ちを伝えられたから、良かった部分もあるのですが・・・

後で、「ちょっと言い過ぎちゃったな?」と思ってたら、母から電話がかかってきました。
2人とも、これまでのことが少しガス抜きできたせいか、いい感じで話せました。

他の人と同じような状態になったら、人間関係終わっちゃいそうなことをしても、終わらないところが家族のいいところかなぁと思います。
難しくって、感情的になったり、落ち込んだり、エネルギー使って疲れたりするけど、どこかでこのやりとりを楽しんでいる自分がいます。
深いところで、happy end
にじを信頼しているみたい。
でも、今後はこの古いやり方でなく、もうちょっと疲れないやり方でやっていこうと思います。

クライアントさんにセラピーをしていても「家族」がラスボスの人が多いです。
一生かかる長期戦になってもクリアーできるように、わたしたちは家族になるのかもしれませんネ。

以前にヒプノで得た情報によると、「目の前の母親を愛する=背景のすべてのご先祖ごと癒す」に通じるようです。
これクリアーすると、すごいみたいですヨ
キラキラ

  この文を書き終わってから、久しぶりにエクトンの本を手
  に取りました。

  なんとなく色に惹かれたのですが、めずらしく最初から読
  み始めたら、しっかり今のわたしに必要なことが書かれて
  いました。

  このプロセスを助けてもらえそうです。

20年前に、講演会に行ったこともいい思い出です。
(ラビンさんとチャンパックさんのサイン入り
音符

読んでくださって、ありがとうございました。
今日も、幸せや喜びを感じられますように
ちゅん


JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング
| 人って不思議 | 09:42 | comments(2) | - | pookmark |
ゴールデンウィークに想うこと

こんにちは。
今日もいいお天気ですね。
ゴールデンウィークは、いかがお過ごしですか?

楽しんでいらっしゃる方も辛い状況にある方も、よかったら読んでいってください。

  ゴールデンウィークというと、「気持ち
  のいい季節で、家族で行楽」という楽し
  く幸せなイメージが浮かんだり、実際そ
  んな広告も多いですが、わたしは今、少
  し違う意味で幸せを感じています。

  というのは、20年前のゴールデンウィ
  ークは、息子はアトピーで肉体的に、

わたしは精神的にとても辛い状態だったからです。
なので、今を幸せに感じます。
こうやって、当時のことを振り返るのも久しぶりです。

あの時は少し前にステロイドから離脱して、リバウンドが一番大変な時でした。
夜もずっと痒がって眠れないでいるので、わたしが横で背中を掻きながら寝ていて。
そう言えば、朝右手が疲れ果てて、上に上がらなかった日もありました。

横向けに寝ていた彼の顔から出た浸出液が、朝になると乾いていて、起きようとしたらシ―ツから顔をはがすことになり、痛くて泣いたり・・・

気持ちのよいはずの外に出ると、心地よい風に「風が(傷口に)染みて、痛いよ〜」
と痛くて泣くので、それ以降ずっと家に籠っていたゴールデンウィークでした。
とっても天気のいい毎日だったのに、外に出られない日が続きました。

もっと辛い状況を味わった方もいらっしゃるでしょうが、わたしのそれまでの人生では体験したことのない、「どん底」と思える状態でした。

若いわたしは絶望の中にいました。
「お天気の中、家族でどこかに出かけて楽しむ」という、みんなが普通に味わっている幸せを、体験できず苦しんでいました。

でも、そんな時に、少し前に読んでいたバシャールの言葉を思い出したのです。

「ワクワクすることをやりなさい」
その言葉がふと浮かびました。

「こんな状態のわたしがワクワクできることって、何かあるの?」
そう思いましたが、探しているうちに見つけることができました。

わたしの中から
「もし、この子のアトピーがマシになって幼稚園に通えるようになったら、今度はぜったいシュタイナー幼稚園に入れたい
そんな思いが出てきました。

その時のわたしにとって「ワクワク」を感じられる唯一のことでした。
その思いが、わたしの希望の光になりました

わたしは子どもが初めて受ける教育を、「人は霊的な存在である」ことを知っていて、その観点から子どもをみてくれる人にお願いしたかったのです。

どうして、そう思ったのか・・・

このブログやホームページに少し書いていますが、わたしは、25年前に息子を産んだ直後に至高体験をしています。
その体験から「人は、いつも『自分』をだと思っている自分を、遥かに超えた存在である」ことを知りました。   
先生も両親も教えてくれませんでしたが(みんなも教わってこなかったから仕方ないことです)、人間は「叡智であり無限の力を持つ、慈愛そのものの存在」です。
肉体を超えた存在なのです。

当時の私は、それを知ることは、人にとって一番大切なことだと思っていました。
(今は、一番大切なのは「」だと思っています)

特に初めて受ける教育なのに(その上の教育機関もですが)「人間がどういう存在なのかをわかってない人に子どもを委ねる」ということ自体に疑問を抱いていました。

調べるとそのような教育をしているのは、シュタイナー教育しかありませんでした。
当時の日本にはまだ、シュタイナー幼稚園は殆どなくて、願いを叶えることはできないと思ってあきらめました。

それで、通える範囲の幼稚園をいくつか調べて、似たような理念が書かれている幼稚園に年中から入園しました。
でも、入ってみるとお題目をあげているだけで内容は違っていてガッカリしました。
当時引っ越し前で、園の実際の内容を調べることまで出来なかったのです。
そのうち息子も幼稚園に通うのを嫌がりだし、アトピーが悪くなりだしたのを機に、その幼稚園を止めました。

そんないきさつから、その「思い」が出てきました。

それからのわたしは、シュタイナー幼稚園についての情報を収集し、始まったばかりの横浜のシュタイナー幼稚園を見つけ、電話して先生に息子の状態を話し、「親の手がいる状態でも、受け入れてもらえるかどうか」を伺い、OKが出るや否や、夫に引越しすることを説得し、横浜に引越しして夢を叶えました。

その幼稚園から、よい漢方の先生を紹介していただき、玄米菜食に切り替え、息子のアトピーも軽減されて来ました。

何より嬉しかったのは、幼稚園に行く時の息子の様子でした。
前の幼稚園では、いつも途中から足が進まなくなり、なだめすかしながら最後には引きずるように通っていたのが、今度は楽しそうにスキップして向かうのでした。

繋いでいる私の手が、ひっぱられていきます。
「幼稚園が変わると、こどもはこんなに違うんだ・・・」と思いました。

前の幼稚園で引きずって連れて行っていたのは、園長先生に
「そんな子(園に来るのを嫌がる)もいるけど、1週間引きずってでも連れてきてください。 〇〇君は、園に入ったら普通にしていますよ。」
と言われて、そうしていました。
1年上の子どもを持つお母さんに聞いたら、
「うちの子もそうだったけど、大丈夫になるから。」と言ってくれました。

わたしを安心させようとして、言ってくれたのだと思います。
でも、わたしは疑問に思ったのです。
「それって・・・『大丈夫』になるのではなく、子どもはそういう時から『あきらめること』を学んでいくのでは? 」
普通』という言葉もなんだか引っかかります。
結局、3日間引きずって行きましたが、やり続けたくなくなって止めました。

それが「楽しいから早く行きたい」のスキップに変わったのですから、
「わたしは間違ってなかったんだ・・・」とほっとしました。

その竹の子幼稚園では、息子もそうですが、何よりわたしがとても安らぎました。
子どもも安心して任せられるし、そこではわたしが大事に思うことを、同じように大事に思っている親が一緒だったので、とても居心地が良かったのです。

今日は違うことを書こうとしていたのに、なんだか昔を振り返ることになりました。

振り返るとあのことをきっかけに、わたしは自分が思ったことを行動し、自分を信頼できるようになったのだなぁと思います。

バシャールの言う「ワクワクすることをやりなさい」をしたら、それまでの希望が見えない状態から抜け出せて、道が開ける・・・という体験を実際にできた。
急に決心して行動していく私を、文句があっても従ってサポートしてくれた夫に感謝しなくちゃ、ですね。

もし今、20年前のわたしや息子と同じように、希望が見出せない状況の方がいらっしゃったら・・・
その状況の中でもなにか「ワクワクすること」を探し出してください
わたしは大きいことでしたが、小さなことでもいいし、きっと見つかります。
そして、見つかったらそのことについて、できることからなにか始めてください。
20年前と違って、ネットで検索したら情報もすぐ入ってきます。

きっと、そこから抜け出ることができます。
辛い今が、微笑んで思い出せるようになる日が、早く来るのを祈っています。
幸せな方は、ささいなことが幸せなのだと、どうぞ十分味わってください。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

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| 人って不思議 | 14:33 | comments(0) | - | pookmark |
ラッパズイセンが咲くころに

こんにちは。
みなさんの家のお庭にも、いろんな花が咲き始めたと思います。

うちでも今、らっぱ水仙が咲いてくれています。
その花のことで、面白いシンクロニシティーがありました。
パートナーとの出会いを願ってらっしゃる方は、参考になる・・かもしれません。

  去年遅くに水仙を植えました。

  本当は小花の球根を買いたかったのです。
  でも、売り切れで、らっぱ水仙を植えました。

  先日1つだけ先に咲いてくれていて、
  「これから順番に咲いてくれるのかなー」
  と思っていたところ、きのうの朝一気に5輪
  咲いくれていました。

  レモン色の大輪が一斉に咲くと、小さな庭には
  ゴージャスです。

その後部屋に戻って、なんとなく、ベティさんの本(先日紹介していた「スピリチュアル・ヒーリング」)を読みたくなりました。
「パートナーとの出会い」のくだりを急に読みたくなったのです。

どこだっけ?
わたしにしてはめずらしく、すぐに探し出して読みました。
こんなことが書かれていて、不思議な気持ちになりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ベティさんはパートナーと出会う3年前に、ロンドンの霊媒から、
「これからあなたが一緒に暮らすことになる男性は、ラッパズイセンが咲くころに現れるでしょう」と予言されたそうです。

(ここまで読んで「おお!今朝ちょうど咲いたばっかりだよ」と思いました)

でも、男性は現れず、毎年ラッパズイセンが咲いては散るのを見ると、
「あの人はどこにいるのかしら。」と、娘さんに冗談のように話したそうです。

(どこかで聞いたような話し・・・)

彼女はラッパズイセンが好きで、ある年の秋、庭にたくさんの球根を植えました。

それから約1ヶ月後に、別の人からこう言われました。
「これからあなたが一緒に暮らす男性が、春には現れます。」

3月になって、ベティさんはそれまでの中で最も美しい春を、パートナーと一緒に満喫されました。
庭にはいたるところにラッパズイセンが咲いていたそうです。

「こんなことなら『庭にラッパズイセンを植える』よう、最初から言っておいてくれたら良かったのに。」とありました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ベティさんは本の中で、このエピソードも交えながら、
「透視や予言は行く手にあるものを示してくれるかもしれないが、
何もしないで待つのでなく心の持つ力を使って自分の未来を切り開くこと、
自分で自分を救うこと
」の大切さを教えてくれています。

花が、わたしにこの部分を思い出すように、促してくれたのか?
それとも、わたしの潜在意識が何年も前に読んだこの箇所をちゃんと覚えていて、花を見ることによってスイッチが押されたのか?
謎ですが、とにかく読む必要があったようです。

実は、耳が少し痛いんです〜
わたしも以前ヒーラーさんから「中秋の名月の頃に・・・」と言われました。
それから中秋の名月は、何回も見ましたが・・・

何をすればいいのかわかりませんが、望む未来のために、できることからコツコツとですね

今日も読んでくださって、ありがとうございました。
パートナーさんとの出会いがまだない方は、出会えますように・・・・
もう出会っていらっしゃる方は、一緒に過ごされる時間が、やすらぎに満ちたものになっていきますように・・・

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| 人って不思議 | 19:55 | comments(2) | - | pookmark |
注文どおり

こんにちは。
きのう、面白いことがありました

お昼御飯にどんぶりを2種注文して、TAKE OUTしました。
家に帰って蓋を開けたら、びっくり

片方のどんぶりが、半分の量しか入ってないではありませんか
ちょっと少ない・・・ではなく、半分です。
たまにこのお店でTAKE OUTしますが、こんなことは初めてです。

これはいくらなんでも、お店に言った方がいいかも・・・
言うかどうかわかりませんが食べる前に、とりあえず写メを取りました。
見ると、一目瞭然だったので。

お皿に取り分けると、いや、本当にご飯の量が半分です。
上にかけてあるおかずは、ふつうの量ですが・・・

その時に思い出したのです
注文する前にわたしが思っていたことを・・・

わたしは、メニューを決めるのに迷っていました。
「どんぶりを2つ注文したら、ご飯がちょっと多すぎて残っちゃうんだよね。
あんかけ御飯だから残ったご飯は味が染みていて、晩御飯にまわすこともできないし、食べ残して捨てるのも嫌だしどうしよう?」
と、悩んで結局「食べ過ぎになるけど、頑張ってぜんぶ食べるか。。」
と、どんぶり2つに決めました。

お店の人は、わたしが心の中で願っていた通りにしてくれていたのでした〜

それなのにわたしは、そのこときれいさっぱり忘れ、店員さんやお店に不満を感じました。
わたしって忘れっぽいな〜 そんな自分に笑えました。

こころのリクエストをキャッチして、ちょうどの量にしてくれた料理人さんに感謝して、笑顔で美味しくいただけました。

これについては、、『自分が願っていたことだ』とすぐに思い出せたから、プチやプチ不満はすぐに、感謝や喜びに変わりましたが、何年もかかってやっと、「そうだった!!」と、思い出せたことも多いです。

例えば、子どものこと。

わたしは子どもは1人で、もう1人とても欲しかったのに恵まれませんでした。
「2人ほしかったのに、恵まれなかった。。。」と、しばらくの間思っていました。
でも、その理由は10年以上後に、ボディーワークとヒプノでやっとわかりました。

過去世の1つが、子だくさんの女性でした。
子どもが病気で死んでも悲しんでいる暇もないほど、することの多い日々を送っていました。
少女の頃に「人生は素晴らしいものに違いない!!」と思っていたのに、30過ぎでもう疲れきって、笑顔のない無表情な人になっていました。

「1人の子どもをもっと丁寧に見てあげたい。 育てたい。
『人生は素晴らしい』ということを実感したい。」
過去世のわたしは、そう思っていたのでした。

その時、心の深くで願っていたことが、今生叶っていたのです。

子どもは1人だけなので、十分に見てこられました。
子育てしながら、大好きなこの仕事をしてくることができました。
器用ではないので、子どもが2人以上だったら、きっと今の仕事はできてなかったと思います。
やりたいことは少しずつ広がってきて、「人生は素晴らしいものだ」ともっと思えるような未来が待っているのを感じます。

わたしは今、過去の自分が望んだ通りになっているんだ。」
と気付き、喜びでいっぱいになりました。

思い出して、「あぁ、そうだった。」と嬉しくなったり楽になるので、ヒプノは楽しいのです。

読んでくださってありがとうございました。

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| 人って不思議 | 19:01 | comments(0) | - | pookmark |
「開山忌」と「禅の公案」

今日、友人にメールをしたら、「朝から、妙心寺の『開山忌』に伺っているところ」という返事がきました。
ふむふむ。 予定が入ってたのね。

ところで、『開山忌』ってなんだろう?
仏教用語を知らないので、検索してみました。

 (5日ほど前の暮れてゆく空。

 墨絵のようで美しかったです)

『開山』というのは、「仏寺を初めて開くことや、開いた僧。」のことでした。
古くは、寺を山を切り開いて建てたから、そのように呼ばれているようです。
今日、12月12日は妙心寺を開山された、関山慧玄(かんざんえげん)禅師さまのご命日だったのです。(1360年)

妙心寺さんのサイトを見ていたら、いくつも興味深いお話が載っていました。

大本山妙心寺 
http://www.myoshinji.or.jp/houwa/houwa_01/201112.html
開山忌の儀式のようす
http://www.myoshinji.or.jp/webhonjo/dekigoto/201312.html

仏教用語は難しいから、わかりやすい言葉で書くのを試みてみます。

1つが、『禅の第一義の問題(公案)』についてです。
『公案』とは、「禅宗で、修行者が悟りを開くため、研究課題として与えられる問題で、優れた修行者の言葉や実績から取られており、日常思考を超えた世界に修行者を導くもの」だそうです。

第一義の公案は、「人間は生まれながらにして尊い仏性を具有しているのに、どうして凡夫となって迷うのか?」です。

面白いな〜と思って、少し時間をかけて自分なりの答えをまとめていこうと思います。
みなさんも、弟子になったつもりで考えてみませんか?
答えは1つではないと思うのです。

当時は南北朝の対立があり、人間不信の混迷の時代にあって、開山慧玄さまは「人間性の尊厳」を説き、「真実の人間性(仏性)に目覚めることが、人間の救済になり、完成への道である」ことを説かれたそうです。
今の時代も同じですよね。

そして、禅師さまの最後に弟子に遺された言葉は「汝ら等請う 其の本を務めよ」です。
わたしの解釈ですが
「生まれながらにして具有している尊い仏性に目覚め、それを表現していくことをしっかりしていきなさい」ということかなと思います。

この言葉には続きがあります。
「誤って葉を摘み、枝を尋ぬること莫(なく)んばよし」
「尋ぬる」は、「探し求める」という意味なので、「間違って枝葉の方に意識を向けない方がいい」という意味でしょうか?

妙心寺は、まだちゃんとお参りしていません。
もう少しこんなことを調べて勉強してから、お参りしようと思います。

今日も読んでくださって、ありがとうございました。


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| 人って不思議 | 01:10 | comments(0) | - | pookmark |

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